日本ラグビー発展への提言①

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日本スポーツ界の中でも、人気・実力の低迷が続き世界的スポーツの割には、普段ではあまりにピックアップされなくなったラグビーについて長文記事を投稿します。

日本ラグビーには高校ラグビーに花園があり、伝統ある大学選手権、まだ新しいトップリーグがある。

そんな中なぜ人気低迷に至ったのか考えると、まず日本でのラグビーのメディア露出が少なくなったことが、日本ラグビーに大きな打撃を与えている。メディア露出の減少や人気低迷にはいくつかの理由があるが、一番の原因となっている事は日本代表が世界で勝てないという事が挙げられます。

競技水準だけではなく競技人口もメディア露出が少なくなることで減少し悪循環となっている現状です。

子供がスポーツを始めるきっかけはメディアに負うものが多く、メディアの持ち上げ方やプロモーション活動が盛んであるという事が大いに関係している。大学スポーツだけでいうならラグビーはサッカーよりも放送が多い。

しかし、これは日本ラグビーの中心が大学にあったことが背景にある。

ラグビーのようにマイナーと位置づけられたスポーツの人気・競技水準を伸ばしていくには、トップ組織が強固なものでありアマチュアと一線を画す華やかなものでなければならない。更には独立採算体制が確立され拡大再生産を繰り返すことも必要であると考えられます。

小学生単位では学校教育にタグラグビーが採用され競技人口が増加傾向にあるが、中学では受け皿が少なく空洞化してしまっている状況でもある。

現在の日本ラグビーの強化体制は一概に否定的なものとは言えない、海外からHCを招き日本代表の意識改革を進めるとともに、若年層の育成強化にも努めています。

しかし、問題点も多くあり2019年のW杯に向けての方針ではある程度の進歩は見られても、大きな結果を残すには強化の本格化が遅すぎる事と、強化体制の大胆さに欠けるという事が多くの意見である。ラグビーW杯は世界的に知名度も注目度も極めて高い大会であり、日本開催という事は開催国として日本代表も注目をあびる大会になる事は言うまでもなく開催前から日本ラグビーにも影響を与えると考えられる、実際にウェールズ戦の大金星により日本ラグビーの評価は高まり、協会のミッションであった国際力の向上が実現しているなど好影響を与えています。

W杯の日本開催は現段階で日本ラグビー界に好影響をもたらしているが、発展するか衰退するかの重要な時期を迎えている事は確かです。

協会の具体的な目標は競技人口を現在の12万人から20万人に引き上げることと、2019年のW杯でベスト8入りすることである。

そこで、日本ラグビー全体の競技水準の向上と、日本ラグビー組織のトップであるトップリーグのマネジメントが日本ラグビー協会のミッション達成を助けるとし、日本ラグビーの過去から現在と、他のスポーツ事情の過去から現在を比較し日本ラグビーがどのような方針を取り競技力の向上や経営方針を図るべきなのかを考え、日本ラグビーの今後に最適な方針やビジネスモデルは何かを明らかにし、ラグビー界のマイナーイメージ脱却と永続的に繁栄した国民的スポーツを目指したリーグ構想や収益モデルを提案し、競技人口・競技水準・競技環境の改善を考えたいと思います。

第一章で日本ラグビーの現状と問題点を明らかにし、サッカーを比較対象として、リーグ運営やクラブマネジメントの実例を挙げ、その上でトップリーグを発展させるためにとる方針に何が必要かを論じ、第二章では、いくつかのプロスポーツのビジネスモデルをピックアップし、プロスポーツ化へ向けて日本ラグビーには何が適したモデルかを考察する。

第三章では、具体的にどの様にトップリーグがプロ化すべきか、またリーグ運営していくか、W杯の影響力や経済効果を国内でどう反映するか等を考察し日本ラグビーの目指すべき姿を提案します。

日本ラグビーの歩みと展望

第一節 過去から現在の方針と現状

これまでの日本ラグビーを振り返ると、1899年に慶應大学でラグビー部が設立されて以来、日本でも100年以上の歴史を持つが、1995年の世界的なアマチュア主義撤廃までプロ組織化が認められずにいました。

しかし、日本ラグビーは1995年以降を特に衰退した時代とされている。

1995年以降世界的にプロ化が解禁され、世界的にラグビーの競技水準が上昇し、日本ラグビーが取り残された事が今日の日本ラグビーの現状を作り出してしまったのではないかと考えることが出来ます。

実力的に最も世界と近づいたのは1970年代、人気が最も高まっていた時期が1980年代と、潜在的には過去で実証され申し分ないが、現状を見ればあまりに勿体ない状況であることがいえます。

何がラグビーを衰退させたのか考えると、Jリーグの開幕や漫画によるバスケットボール人気の急上昇など、他のスポーツに押され競技人口が減少した事も挙げられます。

1990年代以前ではフットボールと言えばサッカーではなくラグビーを指していたが、現在ではフットボールといえばサッカーと言われることが疑いようもない。

競技人口が逆転したことで認識を変化させ、この認識自体が更にラグビーの普及の妨げとなっています。

競技環境を考えてみても、サッカーに比べ日本でラグビーを行う環境があまりに乏しい事が感じられる。またルールが複雑で見るスポーツとしても現在の日本人には馴染みがほとんどない。

まずは見るスポーツとしてルールや選手をある程度周知させなければならないという初歩段階まで衰退しているのが現在の日本ラグビーの現状。

なぜ以前の1970年代と1980年代の日本ラグビーが盛り上がりを見せていたのかを推察すると、1970年代の日本ラグビーは、社会人チームの新日鉄釜石が最盛期であり、新日鉄釜石という絶対王者が日本ラグビーを牽引して、社会人・大学までが相乗効果を生みだしていました。

1980年代では、同志社・明治をトップとする大学ラグビーの最盛期の時代で、特に人気を急騰させたきっかけはスポ根ドラマの影響であり、メディアの影響力に負うものであった。

反面で日本代表の非力さは大きな問題として挙げられる。2001年まで日本協会は「オープン化」[i])を採用しておらず代表辞退者が続出し、テストマッチすらベストメンバーで挑めないこともあり、IRB[ii])からもクレームがついたという。

この代表のレベルの低さが現在の日本ラグビーをマイナースポーツにしてしまったと事は間違いないです。

ここ数年の日本ラグビーの方針としては若年層強化や選手層だけではなくファン層の拡大も図り、更には代表監督を海外から招き指導者の育成にも努めているが[iii])、実際の効果はあまり見られずに協会運営は散漫なものとなっていました。

しかし悪い面ばかりではなく、日本人選手が海外でプレーするようになり、過去にスコットランドを破った日本ラグビーの元気な時代のように、2013年にはウェールズを破る大金星を挙げ、先のW杯では南アフリカにも競り勝つなど、明るいニュースも聞こえるようになってきました。

物足りない点は継続的なスター選手の不在や、メディア露出の少なさなどがあります。

今後の日本ラグビーに必要になってくる動きとしては、2019年の日本開催のW杯に向けたプロモーションと代表強化であり、国内リーグ全体のレベルアップと育成プログラムの整備です。

W杯前の重要な時期である現在、世界を見据えた方針を取ることが今後の日本ラグビー界を発展させるといえます。

そこで他のスポーツがどのように運営され、なにが日本ラグビーにも有効であり、そうでないのかを考えたいと思います。

第二節 日本サッカーに見る発展プロセス

 まずサッカーを例に挙げると、1968年のメキシコ五輪で3位という成績を残すが、これは前大会の東京五輪を経験した選手が成熟し、あくまでアマチュア大会で他国のレベルもそれほど高くなかった事が要因として挙げられます。

しかし1960年ではアジア内でも弱小であった日本が1964年の東京でベスト8、1968年メキシコにおいて3位までに急成長した背景には、ドイツから日本代表コーチとして来日したデットマール・クラマーの存在が大きく、メキシコ五輪の18選手の内、14選手が東京五輪経験者でクラマーの教え子でした。

メキシコ五輪の7年後の1975年、ドイツの強豪バイエルン・ミュンヘン監督として欧州チャンピオンズカップを制覇したクラマーは世界を知る確かな指導力で日本を急成長させたと言えるでしょう。

 前ラグビー日本代表HCであるエディ・ジョーンズも世界的に有名であり指導力は確かである。指導方針も精神論を重んじるなどクラマーと類似している点があり、指導論は50年前と現在では計れるものではないが大いに期待を持てる人選であったといえます。

現HCのジェイミー・ジョセフにおいても、先進的なスタイルを取り入れ、この力を底上げし、システマチックな選出方法で、妥協の許さないチーム作りを進めてきました。

Jリーグ発足前の日本リーグでは、取り巻く環境が思わしくなく観客動員も1試合1000から3000人程度でした。

まさに現在のトップリーグとさほど変わらない規模であり、練習環境は現在のトップリーグより劣悪でした。

この競技環境の悪さから競技水準は低下し世界とのレベルは大きく離れていました。

そうした状況の中でプロ化が推し進められるようになり日本サッカー協会の元Jリーグが発足されました。

当時日本のプロスポーツと言えば、野球・ゴルフ・大相撲くらいであり、Jリーグ開幕は社会に大きな関心を持たせテレビ放映も多くサッカー人気は急激な伸びをみせた背景があります。

開幕当時のJリーグは「企業に依存しない経営」、「地域住民や自治体との連携」を掲げ、現在のスポーツ経営では浸透したスタイルであるが、当時では珍しい独自性あふれるものでした。

また、当初の人気も相まって選手の年俸が国際市場価格と比較して異常なほど高騰し、後にJリーグ各クラブの経営を圧迫する一因となっています。

Jリーグは開幕時期や日本のスポーツ事情に関して良いタイミングで、適した経営スタイルを確立させたことから現在の国民的スポーツと呼ばれるまでに急成長しました。

開幕以降、人気低迷や宣伝効果の低下、経営難など問題点が多く存在していたことは間違いないが日本リーグ時代と比較すれば、国内でも華々しいスポーツへと変貌を遂げ競技水準も組織形態も競技環境も全てが格段に良くなったことは間違いない。

今後もポストシーズンの導入で放映料と協賛金などで10億円の増収が見込んでおり、これを若年層の強化を中心に環境整備にあてるなど、今後も経営について明確な成長戦略があると前チェアマンである大東和美[iv])は言いました。

日本ラグビー界の今後を考える上で大きなヒントとなり得る経営理念・要素がJリーグには多く含まれています。

次に、ここ数年のセレッソ大阪をクラブの成功事例として挙げます。

ターニングポイントとなったのは2007年当時、J2に甘んじていたセレッソが「育成型クラブ」へ転換したことにあります。

資金力のないセレッソはチーム内で選手を育成し、代表選手へと成長させ他のクラブへと売り出すという事を最大の目的としています。

香川を筆頭に多くの選手が代表入りし、現在でもセレッソの育成方針は継続し結果を残している。それだけではなく、観客動員がなかなか伸びなかったセレッソが、代表選手を輩出し活躍した事で観客動員も伸びている。それだけプロスポーツという興行にはスターが必要で、それによってメディアの扱いも飛躍的に上昇するという好循環が生まれる事を証明した。しかし、これもチーム単体で起こりうるものではなく、日本代表や海外クラブの存在があってこそだと考える事が出来ます。

セレッソで注目したい点は2つで、ひとつが指導者面、そしてもうひとつが育成システムにある。まず指導者面で言うと2007年~2013年の指揮を執るレヴィ―・クルピ監督である。

日本を代表する香川・乾・清武もレヴィ―の指導の下プレーしました。

指導方針としては直感や発想を大事にした実力最優先主義であり、監督と選手の関係を「父と子」に例え、若手の潜在能力を次々に引き出した。次に同時進行でユース以下の育成組織の強化も図られた育成サポートシステムの「ハナサカクラブ」である。

これはサポーターから募った一口3000円の出資の全額を育成組織の費用補助に充てる基金で、初年度の150万円が2012年度では1400万円を超える規模にまで支援の輪が広がった。

セレッソは特に海外遠征と食育に注力し、十代から海外のサッカーを肌で感じさせることで目標を高く設定させ、管理栄養士によるバランスの取れた食事を提供していくことで体作りもサポートしてきた。特に海外遠征には注力し、各世代で遠征が行われる。特にU-18ではドイツの強豪ドルトムントに勝利するなどレベルの高さも示しています。

セレッソの育成の特徴は、徹底した実践主義であり、近年の育成世代での問題点である経験不足を解消し、より質の高い経験を積めるようになっており、また成長年代には欠かせない規則正しい生活を「ハナサカクラブ」の出資金を基に確保しました。

サポートを受けた1期生2期生の山口・扇原も現在のキャリアに多大な影響を受けたとクラブの存在は成長過程で欠かせなかったという。

さらには香川の存在もセレッソのこれから大きく関係している。

スター選手輩出したチームのメリットは大きく、セレッソにおいては、セレッソを経由すればヨーロッパに行けるという気運が高まり乾・清武が香川に続き海を渡った経緯があります。

ここで重要なポイントな点は資金力の乏しいセレッソがこの数年で評価されるクラブへ変わり、世界で活躍する選手を輩出するに至ったことである[v])。

つまり、短期間で資金力が乏しい状況であっても適したビジョン・運営・指導方針があれば競技水準や人気の底上げが可能であることがいえます。

しかし、若年層の育成強化が大前提であり、それを遂行する育成組織がなくてはならない。

学校組織にこれを委ねるには問題が多く強化には難しいと考えられます。

ラグビーにおいても、Jリーグがユースチームを持つように、ラグビートップリーグの各チームがユースチームを持つべきであると考えます。

これは強化の意味合いが強いが、セレッソの例を挙げるのであれば、スター選手の輩出はラグビーそのものへの人気拡大の火付け役となる事も期待が持てる。

しかし、現状としてはユースチームを持っているチームは神戸製鋼のみであり、これは普及の意味合いが強く、強化としての機能はないため実質のユースチームは無いことがトップリーグの現状でです。

トップリーグがユースチームを持つことは、現在、日本ラグビー界の抱えている選手層の問題や競技環境、トップリーグのファン獲得などにも効果がみられると考えられる。

特に選手・指導者育成や受け皿の問題を解決することはサッカーで立証されており、日本ラグビー界で問題視されている中学世代の競技環境の改善に役立つと考えることができます。これらの組織を体系化するためにはトップリーグの完全プロ化が望ましい事が言えのではないでしょうか。

第三節 体制作りに伴う課題と問題

反面で挙げられる課題も多くあり、最大の問題はコスト面です。

どの企業もシビアな経済状況から運営資金を負担出来るだけ前向きに検討してくれるかが、ユース設立に伴う大きな課題です。

更にはジュニアユースからトップチームに入るまで最短で5年、しかしこれは飽くまで最短であり実際ではそれ以上の年月が必要となり、その間、企業が結果を残すまで我慢強くチームを保障してくれるのか、長期の時間を要するユースに前向きに検討してくれるであろうか、野球・サッカーを抱える企業以外にスポンサーに適した企業を挙げられるのかが現実的に考えられる問題です。

また、ユース設立には「部活動」の存在も少なからず問題となる。

ユースと部活動の距離感をどの程度保つかも非常に大きな問題で、現在のサッカー界のように、つかず離れずの関係を保ったうえ上手く機能し、双方でプロへの人材を育成し輩出しなければならない。

一方が他方を淘汰するようでは、日本ラグビー界の現状は変わらない可能性が高い。

どちらにしても、現在の中高生の進路の多様化を図るという事が重要であり、様々なラグビー人生のキャリアを用意することが、選手の競争心やモチベーションを高める事に期待できる。

今後ユースを設立するための必要条件としてはトップチームの完全プロ化が理想であり、10年以上ジュニアやユース世代に費用を負担出来るかに委ねられる。

そのためにも、プロラグビークラブとして独立し、出来る限り永続してユースを運営できる仕組みを作り上げることが最重要課題としてあり、ラグビーチームを抱える上で経営力というものは必須となっている。

ドイツのサッカークラブの主流ように、「クラブは公共のものであり、その運営・経営は地域のために奉仕され、地域に根差したものでなければならない」[vi])という理念を下に、社団法人化し経営する事も可能であると考えられます。

[i]) 選手が日本代表期間の活動中に所属企業から出向すること。企業への給料の肩代わりや外国人コーチとの専任契約、首脳陣のフルタイム化の総称。

[ii])《 International Rugby Board 》国際ラグビーボード(評議会)。世界のラグビー協会の統括組織。4年に1回開かれるワールドカップなどラグビーの各種国際大会を運営。

[iii])日本ラグビーフットボール協会http://www.rugby-japan.jp/ 2013/12/18

[iv])Jリーグ4代目チェアマン日本ラグビー協会副会長、元ラグビー選手ラグビー界とも現在も繋がりを持ち、日本ラグビーフットボール協会評議員。

[v])「なぜセレッソ大阪から日本代表が大量に輩出されるのか?―Yahoo!ニュース―」http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130812-00010004-wordleafs-socc 2013/12/18

[vi])「ドイツのサッカークラブ運営に学ぶ、日本のスポーツの将来-Yahoo!ブログ-」http://blogs.yahoo.co.jp/moeaka2001/24893852.html 2013/12/18

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