イスラム教を分かりやすく解説【コーランは?スンニ派・シーア派】

大人の教養
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世界宗教の中で、人口比率で言うと2番手になるイスラム教。

世界中にムスリム(イスラム教信者)は見られますが、主に西アジア、北アフリカ、中・南・東南アジアに多いのが特徴です。

中心である西アジアや中東では、大半がムスリムであり、イスラム教を国教と定め他宗教の崇拝を禁止する国もあります。

概要

イスラム教は、宗派は分かれていますが日本では断食や女性は顔を隠すなど、厳格な宗教としての認識が強いと思います。

しかしながら、ルーツはキリスト教とユダヤ教と言われますとおり、先の宗教の流れを汲んだ部分もありますが、祈れば良いという点ではにおいては、あまり厳しい印象ではないのかもしれません。祈る回数は多いですが。

また、多神教や偶像崇拝を戒め徹底的に排除するといった、強烈な信仰心と唯一神の影響を強く受けます。

発祥は

イスラム教は、アラビア語を母語とするアラブ人の間で生まれた事から、アラビア語を公用語とする国と地域から広がりました。

アラビア語圏のメッカ(サウジアラビア)からエルサレムにやってきたムハンマドが、「聖なる岩」(ユダヤ教)に手をついて昇天し、天の声を聞き再び地上に戻り、その教えをクルアーンによって広めたことからイスラム教は始まります。

ムハンマドとは

ムハンマドは、イスラム教を始めた人物であり、アッラーの預言者です。

メッカ(サウジアラビア)の有力な氏族の出身です。

40歳の時、メッカ郊外のヒラー山で習慣の瞑想とお祈りをしている際、神の啓示を受けたといいます。

その啓示を集約したものが、次に説明するクルアーンです。ですので、布教活動に入るのも40歳からの事です。

ユダヤ教やキリスト教の知識もあった為、ムハンマドは両者の長所を取り入れたともいわれます。

聖書とは

イスラム教の聖典は、日本ではコーランといった方が馴染みがあるかと思います。

クルアーンとも呼ばれ、神が最後に預言者を通して啓示されたといわれるこのクルアーンの教えを信じています。

クルアーンの内容は全て神の言葉であるという事から、クルアーンの批判や破損に対し、死刑判決が下される事もある。

聖地は

イスラム教には、聖地が複数存在します。それが以下

  • メッカ
  • エルサレム
  • メディナ
  • ナジャフ
  • カルバラー

それぞれを簡単に説明すると、

  • メッカはムハンマドの出身地
  • エルサレムはムハンマドが昇し天神の啓示を受けた聖なる岩がある地
  • メディナはメッカに次ぐ第二聖地で、イスラム教が大きく広がった布教地
  • ナジャフは第4代カリフのアリーの墓があり、シーア派の重要な巡礼地
  • カルバラーは第3第イマームのフサインが殉教した地でシーア派法学者が集まる

何を信仰しているのか

イスラム教は唯一神教であり、イスラム教の信仰対象は、「神(アッラー)」です。

アッラーとは、もともとアラビアの多神教の神々の中の一柱でしたが、ムハンマドがメッカを占領した際、カーバ神殿に存在した全ての神々の像を破壊し、多神教及び偶像崇拝を戒め、アッラーのみを崇拝するようになりました。

イスラム教は神自身の意志を反映した完全な教えであるとされ、他宗教よりも絶対的に優越であるという信念を持っています。

目的は

イスラム教には、六信五行(スンニ派)と五信十行(シーア派)があります。

スンニ派
  • 六信… 神(アッラー)、 天使(マラーイカ)、 啓典(クトゥブ)、 使徒(ルスル)、 来世(アーヒラ)、 定命(カダル)
  • 五行…信仰告白(シャハーダ)、 礼拝(サラー)、 喜捨(ザカート)、 断食(サウム)、 巡礼(ハッジ)
シーア派
  • 五信…神の唯一性、神の正義、預言者、イマーム、来世
  • 十行…礼拝、喜捨、断食、巡礼、五分の一税、ジハード、善行、悪行の阻止、預言者とその家族への愛、預言者とその家族の敵との絶縁

といったところが、信仰行為としてあります。

そもそも、イスラム教は弱い立場から物事を考える宗教でしたので、「人を騙してはいけない」「人の物を盗んではいけない」「人に危害を加えてはいけない」「社会平等」といった、日本社会でも気持ちの良い道徳観から、平和的な宗教であるといえます。

昨今は、過激派などの印象が強いのでギャップがありますが、本来は温和な宗教でり平和を求めている宗教であるのです。

スンニ派とシーア派

日本の仏教で宗派が異なるように教義に違いがあるわけではなく、スンニ派とシーア派の違いについては、 教義には大きな違いはないですが、指導者の選び方に違いがある事で派閥が出来ているのです。

つまり、分裂は7世紀のムハンマドの死後の世継争い。経済的な利権争いと言えるでしょう。

スンニ派

スンニ派はイスラム教の大半を占めいて、約9割がスンニ派と言われています。

指導者の選出方法は、話し合いでの選出であり、ムハンマドの教え「スンナ(慣行)」に従うものを重視すると考えるのがスンニ派です。

約9割がスンニ派ですので、政治的圧倒的優位なのです。

しかしながら、全体で見た時に約9割と言えば圧倒的ですが、アフリカや東南アジアの大半がスンニ派で、エルサレムもある中東に限れば、シーア派の割合も多くなります。

シーア派

一方でシーア派は、ムハンマドと血のつながりのあるアリーとその子孫から選ぶべきという考えです。

「シーア・アリー(アリーに従え)」ムハンマドの従兄弟アリーの子孫こそ、イスラム共同体を指導する資格があると主張する急進派の人たちがシーア派です。

因みに、シーア派とスンニ派では教義的には大きな違いはないと言いましたが、スンニ派は1日お祈り5回で、シーア派は1日お祈り3回で、作法も少し違うようです。

また、偶像崇拝は禁止されていますが、シーア派は指導者の肖像画については寛容なようです。

イスラーム過激派とは?ISISとは?

ISISとは、「イラク・シリア・イスラム国」の略で、イスラム教の中でも多数派であるスンニ派の武装勢力です。

イラク北部およびシリアを中心とする地域で、イスラム国家の樹立を目的として活動しており、ヨルダン生まれの活動家ザルカウィ氏がイスラム教過激組織アルカイダの傘下組織として2006年にISISを結成してから現在に至るまで、多数の自爆テロ、誘拐、暗殺などの事件を起こしています。

複雑な内容なので、別に記事をまとめたいと思います。

何故発展したのか

もともと、ユダヤ教・キリスト教の流れから生まれたイスラム教は、先行の二大宗教よりもルールが寛容になったことで、民衆にも受け入れられやすくアジアや中東に広がりました。

ユダヤ教はユダヤ人だけの宗教の為、大きく広がりませんでしたが、キリスト教は誰でも信仰できる世界宗教のポジションをとりました。

そのキリスト教は多くの戒律・ルールがありましたので、戒律・ルールが易しいイスラム教が受け皿となった流れです。

特に、コーランはアラビア語を用いられていますので、西アジア・中東で大きく支持されました。

また、イスラム教を推す国々は、多子化であった為、信仰人口も大きく伸びています。

主な出来事・まとめ

主な出来事は、以下

年譜
570年前後 ムハンマド、メッカに生誕
610年 ムハンマド、預言者となる
622年 メディナへ移住
630年 メッカを占領し、アラビア半島統一
650年 クルアーンの正典化
661年 スンニ派とシーア派に分裂
1099年 キリスト教(十字軍)が、イスラム教を攻撃しエルサレムを占領
1402年前後 インドネシアにイスラム教が伝わる、マラッカ王国のイスラム教化
1948年 第1・2次中東戦争
1967年 第3次中東戦争
1973年 第4次中東戦争
1982年 第5次中東戦争
1991年 湾岸戦争

といったように、戦争が多い事が顕著に出てしまいますが、これも強烈な信仰心からだといえます。

イスラム教信徒は、ユダヤ教やキリスト教の事は認めているものの、多宗教よりも優越性があると信じており、神を蔑ろにされる事が許せない事が特徴ではあります。

しかし、教義は本来であればユダヤ教やキリスト教よりも元々は民意に沿うものであったと思われます。

神の意志こそ全て、絶対神への奉仕を重んじ、信徒同士の相互扶助や一体感(共同体)に重きを置く特徴のある宗教です。

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