仏教を分かりやすく解説【お寺と神社?信仰対象は?】

大人の教養
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世界三大宗教の中で最も歴史が古く、日本に一番馴染みがあるといえる仏教。

浄土真宗や日蓮宗、曹洞宗等が有名で、お葬式やお盆、除夜の鐘でも日本の文化に根付いていますが、仏教についてどれだけ知っているかと問われると、疑問が多いと思います。

宗派などについては、記事を改めるとして仏教の大枠について本記事で説明できればと思います。

概要

仏教は、キリスト教・イスラム教に次いで幅広く世界へ広がっています。

中でも、日本では仏教が認められていると言えるほど生活に馴染んだ宗教です。

発祥は

仏教は紀元前450年頃のインドでガウタマ・シッダールタによって始まりました。

しかしながら、日本では仏教=中国とイメージが強いように日本の仏教はインドから直接来たのではなく、中国(遣唐使)を通して日本に入ってきています。

更には、インド国内でもヒンドゥー教の台頭や、イスラム国の侵入によって、仏教発祥の地にも関わらずインド内での仏教人口は少なくなり1%未満だというので驚きです。

しかしながら、イスラム教の侵入が弱かった日本も含め東アジアを中心にしっかりと仏教の広がりました。

仏陀(ブッダ)とは

ブッダと言葉は、ブツともホトケとも言い悟りの最高位「仏の悟り」を開いた人を指します。意訳すると、「目覚めた者」「真理、本質、実相を悟った人」「覚者」「智者」があたります。

ですが、基本的にはガウタマ・シッダールタただ一人をブッタとしています。

因みに、ガウタマ・シッダールタはサンスクリット語で、お釈迦様と言われる釈迦はと同一です。

つまり

釈迦=ガウタマ・シッダールタ=仏陀

という事です。

聖書とは

仏教の聖典は経典です。

経典は、ブッダの説いた教えを集めた「お経」の中から、大切な要素とたとえ話を選び、分かりやすく書いたものです。

このお経も、キリスト教の新約聖書のように、ブッタとなった35歳~80歳までの説法や、教え説かれた膨大な内容を、後に弟子たちが正確に伝え残すために書かれたものです。

聖地は

聖地は、世界遺産でもある仏教発祥の地ブッダ・ガヤのマハ―ボディ寺院です。

インド北西部に位置し、多くの巡礼者が世界中から訪れ、また寺院の高さは52mもあり、本田内部は黄金の仏像が安置され観光名所となっています。

何を信仰しているのか

仏教の教えには、カルマ(因果応報)と、マーヤー(現象の世界を動かす原動力)と、サムサラ(輪廻転生) など、ありますので、現象を多神教的に解釈する傾向があるともいえます。

宗派によっては、有神論的な宗派もある程ですが、伝統的仏教は無神論と考えられています。

ブッタ自身も、自分自身の事は神だと考えておらず、「道を示す者」と考えていました。

しかしながら、ブッダの死後に弟子たちに神のような立場まで押し上げられたのは事実で、釈迦如来像なんかは最たるものです。

仏教に関して言えば、信仰=お経や修行によって悟りに近ずくことだと考えられます。

目的は

仏教徒が仏教を信仰する最大の目的は、彼らがそれと認める「悟り」に到達する事です。

多くの人は極楽浄土へ向かう事が目的だと思われますが、仏教の内の宗派の一つの悟り方であるとえますので、大元の仏教の目的とは少し違います。

お寺と神社

神社とお寺が似ているので、違いをあまり知らない人が多くいるようですが、そもそもの信仰対象が違います。

お寺は仏教で仏像を安置し仏様を拝みます。

一方で、神社は神道でお社があり神様を祀ります。

仏様と神様の違い。もっと言えば、お墓があるのがお寺で、鳥居があるのは神社です。

行事でも違いが見えてきます。表にまとめると

お寺 神社
宗教 仏教 神道
信仰対象 仏様
行事 お彼岸・お盆・除夜の鐘 初詣・お宮参り・七五三
特徴 お墓・仏像 鳥居・狛犬

大きく違う事が分かります。

確かに、彼岸(春分・秋分)、節分やお盆・初詣も双方にある行事文化で重複するところも多いですが、同じ日本国土内で似通った生業ですので被ってくるのは自然かもしれません。

日本仏教は

「日本書紀」によれば仏教が伝来したのは飛鳥時代552年だと言われています。

この日本に伝わった仏教は中国を経由し、日本に入ってきましたが、その中国の仏教は一世紀頃に、中国に伝わったものです。ですので、経典の解釈や思想から純正のまま入っているとは言い難いです。

「西遊記」で有名な三蔵法師は唐の時代ですので、七世紀初め頃のお話ですね。

今や、仏教徒は日本人口の7割と言われるほどで、お寺の数は約77000ヵ所。仏教教師(僧侶)は約346000名の登録があると言いますので、日本人口の7割もあながち間違いではないかもしれません。

何故発展したのか

仏教の広まりは、平和的なもので決して侵略的なものではありません。

興味を示す者には教え説くという、受容性の元発展してきた経緯があります。

その先頭に立ったのがブッタであり、ブッタ自身も旅をする牧師として教えを説いていきました。その前例を元に、弟子たちにも世間に出て受容する人のみに教え説くことを支持しました。

ブッタは、仏教世界を作り上げようとも地位を確立しようとも決して思わずに、人々の助けになる事だけを望んだ結果が、アジア諸国から世界への広がりをもたらしたのです。

日本において、仏教が浸透しているのは、このような平和的な性格があるので日本国民の寛容性とマッチしたのではないでしょうか。

まとめ

仏教について、日本人は身近にあるものではありますが、その実態があまり認知されていないと感じます。

認識としてあるのは、お葬式、お盆、除夜の鐘等、誰もが知っている仏教行為。

日本では宗派がかなりありますので、どういった特徴があるかなどももちろん知る機会も無いです。

その理由の一つとしては、仏教を信仰するという事自体が生活の中では抽象的なものであるからだと考えられます。

何事も悟り方一つ、底のしれない深い悟りから精神生活を豊かにしていくもの。

自分自身を良くなるため、精神を充実させるために信仰するという事が、仏教としての意義だと思います。

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